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2004/06/12

休みの日だけど、8時に起き、掃除、洗濯をした。
外はあいにくの曇り空だけど、散歩をしようと思って家を出た。

西中島南方から電車に乗って難波に出る。

でんでんタウン(東京の秋葉原のようなところ)の東側には昔からの商店街
「日本橋商店会」という一角がある。
学生のころは掘り出し物の楽器を探しにちょくちょくと来たもんだ。
今も普通の電気屋さんに混じって各種部品や古着、中古機器、楽器などを売る店が
軒を連ねている。
雰囲気はバンコクの市場をもうちょっと洗練したような感じ。
大阪のど真ん中にあるとは思えないような情緒に溢れた場所だ。
日本橋商店会2 五階
日本橋商店会入り口 商店会の中 シンボル五階百貨店

更に南に歩く。

でんでんタウンは通らず、一筋東を歩いていく。
途中、でんでんタウンを横切り、南西に歩を進める。
とうとう雨が降ってきた。
するといつの間にか通天閣が見えてきた。
その昔、パリの凱旋門とエッフェル塔を模してつくったと言われるこの塔は今でも
大阪のシンボルとしてそびえ立っている。


通天閣 映画館 芸術家
That's通天閣 初デートには最適かどうか・・・ ガード下の芸術家

通天閣を中心としたこの地域は「新世界」と呼ばれている。
今、大阪はキタとミナミが繁華街として栄えているけど、テレビという娯楽が無かった頃、
このあたりも寄席や映画館、遊園地、動物園などがあり、相当栄えていたんだろうな〜と
感慨に耽ってみる。


更に更に南に下ると、山王町というところに出てきた。
曇り空が似合う街並みだ!
この辺りは「昔迷い込んだような気がするな〜」と思いながら歩いていると
突然!古い料亭街のようなところに出て来た。

>
ちょっとトマソンな建物

飛田新地だ!ここが、あの、名高き飛田新地だったんだ!
どんなおどろおどろしい光景が・・・と思っていると
意外にも(失礼)若いオネエサン達ばかりが店の玄関に座っていたのでちょっと驚いた。
残念ながら咽も渇いていない(飛田はあくまで料理屋さんの町です)ので、
呼び込みのオバサマには笑顔を返すだけで、その場を後にする。

雨はどんどん強くなってきた。

雨に濡れる花街 花街のすぐ後ろには高層マンションが・・・。 子供達はどこでも遊ぶね。

もういちど新世界に戻ってきて、じゃんじゃん横丁をのぞいて見た。
この通りも学生の頃、よく先輩に連れて行ってもらった。
当時、男子学生が2人で、飲んで食べて4,000円もあれば十分だった。
もちろん今でも本当に安い!
今はフェスティバルゲートが出来て家族連れも増えているけれど、
この通りはやっぱりオトナの方が似合う通りだ。

小腹も減ってきたので隅っこの立飲み屋に入る。
じゃんじゃん横丁といえば「どて焼き」でしょう!
このどろどろとした見た目とは反対に、あっさりとした、それでいてコクのある味、
スジ肉はやわらかい中にも歯ごたえを残し、味噌だれと奇跡的なマッチングをしている。
肉を飲み込んだと同時に、味噌だれも後味を僅かに残したまま口の中から消えていく感じですわ〜。
なかなか味わえない、この街の名物料理だ!


通行人がギャラリーになることで有名な将棋屋さんじゃんじゃん横丁名物「どて焼き」 立呑み屋さん

僕一人、幸せに浸りながら「どて焼き」をモグモグしていたのだが、
店の中にはテレビが置いてあり、ヴィッセル神戸vs横浜マリノスをやっていた。
それを見たお客さんが一言
「なんや?日本人と日本人がサッカーしてんのか?」
客B「違うやろ、あれ?両方にガイジンがおるで??」 僕「・・・」

大阪はあと100年は阪神の街だと今日、わかった。

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